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東京地方裁判所 平成9年(行ウ)271号 判決 1999年12月21日

原告

前田力

右訴訟代理人弁護士

高木伸學

被告

玉川税務署長 海野勝

右指定代理人

松本真

笹崎好一郎

川口信太郎

江島勝信

古瀬英則

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、平成八年三月一日付けでした、原告の平成四年分所得税の更正のうち課税分離長期譲渡所得金額五七〇五万四〇〇〇円、納付すべき税額一七〇六万〇一〇〇円を超える部分及び右更正に係る過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。

第二事案の概要

本件は、平成四年分の所得税につき、ゴルフ会員権の譲渡により五三八五万円の損失が生じたと主張し、これを総合長期譲渡所得の損失として他の譲渡所得の金額から控除して確定申告をした原告が、右主張に係る損失の額を他の所得金額から控除することは認められないとの前提に立ってなされた被告の更正のうち課税分離長期譲渡所得金額五七〇五万四〇〇〇円、納付すべき税額一七〇六万〇一〇〇円を超える部分及び右更正に係る過少申告加算税の賦課決定処分の各取消しを求める事案である。

一  損益通算に関する規定等

所得税法六九条一項は、総所得金額、退職取得金額又は山林所得金額を計算する場合において、不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額又は譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額があるときは、政令で定める順序により、これを他の各種所得の金額から控除する旨規定している。

同項を受けて、所得税法施行令一九八条は、損益通算の順序を概略次のとおり規定している。

1  不動産所得の金額又は事業所得の金額の計算上生じた損失の金額があるときは、これをまず他の利子所得の金額、配当所得の金額、不動産所得の金額、事業所得の金額、給与所得の金額および雑所得の金額(これらを「経常所得の金額」という。)から控除する。(同条一号)。

2  譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額があるときは、これをまず一時所得の金額から控除する。(同条二号)。

なお、納税者が複数の資産を譲渡し、そこに損益が生じた場合、それらを分離短期譲渡所得、総合短期譲渡所得、分離長期譲渡所得及び総合長期譲渡所得に区分し、

(一) 分離短期譲渡所得の損失の金額は総合短期譲渡所得の譲渡益から控除し、

(二) 総合短期譲渡所得の損失の金額は分離短期譲渡所得の譲渡益から控除し、

(三) 分離長期譲渡所得の損失の金額は総合長期譲渡所得の譲渡益から控除し、

(四) 総合長期譲渡所得の損失の金額は分離長期譲渡所得の譲渡益から控除する。

そして、

(五) (一)又は(二)による控除をしてもなお控除しきれない損失の金額は、分離長期譲渡所得の譲渡益及び総合長期譲渡所得の譲渡益から順次控除し、

(六) (三)又は(四)による控除をしてもなお控除しきれない損失の金額は、分離短期譲渡所得の譲渡益及び総合短期譲渡所得の譲渡益から順次控除する。

(平成七年政令第一五八号による改正前の租税特別措置法施行令二〇条六項、昭和四六年八月二六日国税庁長官通達直資四―五(例規)、直所四-五、直法二-六「租税特別措置法(山林所得・譲渡所得関係)の取扱いについて」(以下「措置法通達」という。)三一・三二共―二)

しかるに、それでもなお損失の金額があるときは、これを前記のとおり一時所得の金額から控除することとなる。

3  1の場合において、1の規定による控除をしてもなお控除しきれない損失の金額があるときは、これを譲渡所得の金額及び一時所得の金額から順次控除する。(所得税法施行令一九八条三号)。

4  2の場合において、2の規定による控除をしてもなお控除しきれない損失の金額があるときは、これを経常所得の金額から控除する。(同条四号)。

5  1又は2の場合において、1ないし4の規定による控除をしてもなお控除しきれない損失の金額があるときは、これをまず山林所得の金額から控除し、なお控除しきれない損失の金額があるときは、退職金の金額から控除する。(同条五号)。

二  本件の経緯(当事者間に争いがない事実)

1  昭和六二年四月、株式会社真理谷(以下「真理谷」という。)が経営する真理谷カントリー倶楽部のゴルフ会員権のうち、証書番号T第〇三七号の会員権(以下「T三七会員権」という。)が原告名義で、証書番号T第〇三九号の会員権(以下「T三九会員権」という。)が前田商事株式会社(現商号株式会社セントラルユニ。以下「前田商事」という。なお、同社の代表取締役は原告である。)角田寿恵富名義で、証書番号T〇四〇号の会員権(以下「T四〇会員権」という。)が前田商事笹田哲也名義で、いずれも一口一八〇〇万円の合計五四〇〇万円で購入された(以下T三七、T三九及びT四〇の各会員権を「本件ゴルフ会員権」と総称する。なお、本件ゴルフ会員権を購入した者が原告個人であるか、前田商事であるかについては、争いがある。)。

2  前田商事名義で、平成二年三月一二日、株式会社持田商店(以下「持田商店」という。)との間で、また、持田商店を代理人とする有限会社池信(以下「池信」という。)との間で、それぞれ譲渡担保設定契約が締結され、両社から各一〇〇〇万円が借り入れられるとともに、同日、持田商店にT四〇会員権が、持田商店を介して池信にT三九会員権がそれぞれ担保として差し入れられた。

なお、右各譲渡担保設定契約については、同年七月一〇日、両社が前田商事にそれぞれ一三〇〇万円を追加融資し、新たに譲渡担保設定契約が締結し直された。

3  原告は、平成二年四月六日、日本信販株式会社(以下「日本信販」という。)との間で譲渡担保設定契約を締結し、同社から二八八〇万円を借り入れるとともに、T三七会員権を担保として同社に差し入れた。

4  真理谷カントリー倶楽部の敷地等に対する競売等の経緯

(一) 真理谷の債権者であるオリックス株式会社は、平成三年九月二日、千葉地方裁判所木更津支部に対し、真理谷の所有する次の真理谷カントリー倶楽部の敷地及び家屋(以下「本件競売物件」という。)に係る根抵当権に基づき競売を申し立て、同支部は、同月九日、競売手続を開始した(同庁平成三年ケ第三六号)。

(1) 木更津市茅野字小高野一三三九番三山林二二二平方メートルほか三一三筆

(2) 同市茅野字長作一三五二番山林七一四平方メートルの持分三分の二

(3) 同市真理谷字高野原二九三五番三九山林七七〇平方メートルの持分二分の一

(4) 同市真理谷字高野原二九三五番地七ほか所在の家屋番号二九三五番七の家屋ほか一三棟

(二) 同支部は、平成四年六月二五日、株式会社ミューズ(以下「ミューズ」という。)に対し、本件競売物件の売却許可決定を行い、ミューズは、同年七月一三日、右売却に係る落札額二〇八億円を同支部に納付して、本件競売物件の所有権を取得した。

(三) ミューズは、平成四年七月二八日、同支部に対し、本件競売物件に対する保全処分命令を申し立て、同支部は、同月二九日、次のとおり決定した(同庁平成四年ヲ第五一号。以下「本件保全処分」という。)

(1) 真理谷の本件競売物件に対する占有を解いて、同支部執行官に保管を命ずる。

(2) 執行官は、平成四年七月三一日までの間、同月二日現在の会員名簿に登録されている本件ゴルフ会員権者等に対してのみゴルフプレーをさせることを限度として、真理谷に本件競売物件の使用を許さなければならない。

(3) 執行官は、同年八月一日から本件競売物件の引渡命令が執行されるまでの間、ゴルフ場施設の維持に必要な保存行為を行うこと等を目的として、<1>同年六月二九日現在本件ゴルフ場の従業員で、かつ、ミューズが指定した者、<2>ミューズの取締役及び従業員に本件競売物件の使用を許さなければならない。

(4) 真理谷は、同年七月三一日までの間、同年六月二九日現在真理谷カントリー倶楽部に勤務していた従業員以外の第三者をの本件競売物件に立ち入らせてはならない。

(5) 真理谷は、同年八月一日から本件競売物件の引渡命令が執行されるまでの間、右(3)<1>及び<2>記載以外の者を本件競売物件に立ち入らせてはならない。

5  原告は、平成五年三月一五日、平成四年分の所得税につき、「平成四年八月、三一日に本件ゴルフ会員権を原告が代表取締役を務める株式会社ジェイジービー三軒茶屋(以下「ジェイジービー三軒茶屋」という。)に対して一口当たり五万円、合計一五万円で譲渡し(以下「本件譲渡」という。)、これにより五三八五万円の損失が生じた。」と主張し、右損失額を総合長期譲渡所得の損失として他の譲渡所得の金額から控除した確定申告をした。

これに対して被告は、平成八年三月一日、本件譲渡が所得税法三三条に規定する資産の譲渡に該当しないことから他の取得金額と損益通算することは認められないことを前提として、更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、本件更正処分と併せて「本件各処分」という。)をした。

なお、本件各所分及び不服申立ての経緯は別表のとおりである。

三  本件各処分の根拠についての被告の主張と原告の認否

被告が主張する本件各処分の根拠は、次の1、2、のとおりである。

これに対し、原告は、被告が予備的に雑所得に計上する損失五三八五万円(後記1(一)(5))は、譲渡所得に係る損失として発生したものであり、これを総合長期譲渡所得の損失として計上して、損益通算の対象とすべきであると主張する。

1  本件更正処分の根拠

(一) 各所得の金額

(1) 不動産所得の金額(争いがない。) △四九三万一五二二円

(△は、損失の金額を示す。以下同じ。)

(2) 給与所得の金額(争いがない。) 一七二万五〇〇〇円

(3) 総合短期譲渡所得の金額(争いがない。) △一七三〇万〇〇〇〇円

(4) 総合長期譲渡所得の金額 〇円

(5) 雑所得の金額

(主位的主張) 〇円

(予備的主張) △五三八五万〇〇〇〇円

雑所得に係る総収入金額一五万円から必要経費五四〇〇万円を控除した、

(6) 分離短期譲渡所得の金額(争いがない。) △三四六三万九五九五円

(7) 分離長期譲渡所得の金額(争いがない。) 一億六八二一万三八三一円

(二) 損益通算

(1) 経常所得(本件の場合、不動産所得、給与所得及び雑所得)の金額間の損益通算後の不動産所得の金額 △三二〇万六五二二円

不動産所得の金額の計算上生じた損失の金額四九三万一五二二円(前記(一)(1))を、給与所得の金額一七二万五〇〇〇円(前記(一)(2))から控除した(所得税法施行令一九八条一号)。

(争いがない。)

なお、雑所得の金額の計算上生じた損失の金額五三八五万円(前記(一)(5))の予備的主張)は、他の所得金額から控除できない(所得税法六九条一項)。

(2) 譲渡所得間の合算後の分離長期譲渡所得の金額 一億一六二七万四二三六円

総合短期譲渡所得の金額及び分離短期譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額(前記(一)(3)の1七三〇万円、(前記(一)(6)の三四六三万九五九五円)を、分離長期譲渡所得の金額一億六八二一万三八三一円(前記(一)(7)から控除した(平成七年政令第一五八号による改正前の租税特別措置法施行令二〇条六項、措置法通達三一・三二共―二)。

(3) 経常所得の金額と譲渡所得の金額との損益通算後の分離長期譲渡所得の金額 一億一三〇六万七七一四円

前記(1)の計算で生じた不動産所得の損失の金額三二〇万六五二二円を、前記(2)の分離長期譲渡所得の金額一億一六二七万四二三六円から控除した(所得税法施行令一九八条三号)。

(4) 損益通算後の分離長期譲渡所得の金額 一億一二〇六万七七一四円

前記(3)の分離長期譲渡所得の金額から、租税特別措置法(以下「措置法」という。)三一条(平成七年法律五五号による改正前のもの。以下同じ。)四項に規定する長期譲渡所得の特別控除額一〇〇万円を控除した。

(三) 所得控除額(争いがない。) 一一六万三一七〇円

(四) 課税分離長期譲渡所得の金額 一億一〇九〇万四〇〇〇円

前記(二)(4)の損益通算後の分離長期譲渡所得の金額一億一二〇六万七七一四円から前記(三)の所得控除額一一六万三一七〇円を控除した金額に、国税通則法(以下「通則法」という。)一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた。

(五) 納付すべき金額 三三二一万五一〇〇円

次の(1)の金額から(2)の金額を控除した。

(1) 課税分離長期譲渡所得に対する税額 三三二七万一二〇〇円

前記(四)の金額に対し、措置法三一条一項の規定による税率を乗じた。

(2) 源泉徴収税額(争いがない。) 五万六一〇〇円

2  本件賦課決定処分の根拠

被告は、原告の平成四年分に係る納付すべき税額の過少申告につき、通則法六五条四項に規定する正当な理由がないと認め、本件更正処分により新たに納付すべき税額一六一九万円(通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数切捨て後の金額)に、通則法六五条一項の規定に基づき一〇〇分の一〇の割合を乗じて、過少申告加算税額一六一万九〇〇〇円を算出した。

四  当事者の主張

(被告の主張)

1 主位的主張

以下の理由により、原告に帰属する本件ゴルフ会員権の譲渡による損失は発生していない。

(一) 本件ゴルフ会員権の帰属

本件ゴルフ会員権は、原告に帰属するものではなく、前田商事に帰属するものであったから、仮に本件譲渡が有効に成立し、これによる損失が発生したとしても、右損失は、前田商事の損失となるべきものであって、原告の損失として扱うことはできない。

(二) 本件譲渡の合意の不存在

本件譲渡は、ジェイジービー三軒茶屋の総勘定元帳及び会計伝票上においてのみ表示された経理処理上のものにすぎず、原告とジェイジービー三軒茶屋との間で、本件ゴルフ会員権を譲渡する旨の客観的な意思表示の合致があったことはない。

また、本件譲渡の時点において、本件ゴルフ会員権の譲渡に必要な一切の書類は、前田商事及び原告の債権者である持田商店、池信及び日本信販が、本件ゴルフ会員権を目的とする譲渡担保のために保管しており、前田商事及び原告がジェイジービー三軒茶屋に対し、本件譲渡に際し、これらを引き渡すことは事実上不可能であったことからして、本件譲渡に取引の実体を認めることはできない。

したがって、原告主張のように所得税法三三条一項所定の資産の譲渡があったとはいえない。

(三) 通謀虚偽表示

仮に、原告とジェイジービー三軒茶屋との間で、本件ゴルフ会員権を譲渡する旨の客観的な意思表示の合致があったとしても、本件譲渡は、原告とジェイジービー三軒茶屋との間で、原告の節税のために、原告からジェイジービー三軒茶屋へ本件ゴルフ会員権を譲渡したという意思表示の外形のみを作出したものであるから、通謀虚偽表示として無効である。

したがって、所得税法三三条一項が規定する資産の譲渡があったとはいえない。

(四) 損失の未発生

所得税法三三条一項は、その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額とする旨を規定しているが、資産の譲渡によって発生する譲渡所得についての収入金額の権利確定の時期は、当該資産の所有権その他の権利が相手方に移転する時であると解されており、課税実務の取扱いにおいても、譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期は、譲渡所得の基因となる資産の引渡しがあった日によるものとされている。

右の理は、譲渡所得の計算上損益通算されるべき譲渡による損失の発生についても同様に当てはまるというべきであり、譲渡による損失は、当該資産の所有権その他の権利が相手方に移転したときに発生すると解すべきであって、預託金会員制ゴルフ会員権の譲渡の場合には、当事者間における譲渡の合意とともに、譲渡に必要な一切の書類の交付の有無に基づいて、譲渡による損失が発生したか否かを判定すべきである。このように解さないと、二重譲渡の事案においては、譲渡による損失を二重に計上することが可能になり、不当な結果となる。

ところで、本件ゴルフ会員権は、本件譲渡の当時、持田商店、池信及び日本信販に譲渡担保に供され、本件ゴルフ会員権の譲渡に必要な一切の書類は、持田商店、池信及び日本信販が保管していたので、本件譲渡の合意が有効に存在したとしても、前田商事及び原告からジェイジービー三軒茶屋に対し、本件ゴルフ会員権の譲渡に必要な一切の書類を交付することは不可能な状況にあった。

したがって、本件譲渡の事実のみをもって、本件ゴルフ会員権がジェイジービー三軒茶屋に移転したと解することはできず、結局、本件譲渡により、本件ゴルフ会員権の譲渡による損失が生じたとはいえない。

(五) 時機に後れた攻撃防御方法であるとの主張(原告の主張1(一))に対する反論

課税処分取消訴訟の訴訟物は処分の違法性一般であり、課税処分によって確定された税額が総額において処分時に客観的に存した税額を上回るか否かが審理の対象となるから、税務署長は、処分時の認定理由に拘束されることなく、当該課税処分に係る税額の数額を維持するため一切の理由を訴訟において主張できるのであり、異議申立て及び審査請求の段階で主張しなかったことを訴訟段階で主張することが、禁反言の法理により制限されるものではない。

また、民事訴訟法一五七条一項は訴訟中において時機に後れて提出された攻撃防御方法に係る規定であり、異議申立て及び審査請求の審理との関係において、類推適用される余地はない。

2 予備的主張

仮に原告に本件譲渡による損失が発生したとしても、右損失は雑所得に係る損失である。

(一) 仮に本件譲渡が有効に成立したとしても、その時期は、平成四年三月一日である。

(二) ところで、本件ゴルフ会員権の基本的部分を構成するゴルフ場施設の優先的利用権の対象となるゴルフ場については、平成四年七月一三日、ミューズが売却代金二〇八億円を千葉地裁木更津支部に代金納付したことにより、本件競売物件の所有権が真理谷からミューズに移転したので、同日以降、真理谷は、真理谷カントリー倶楽部の会員に対して、真理谷カントリー倶楽部ゴルフ場を利用させる義務を履行することはできなくなり、会員は、会員権に基づく右ゴルフ場施設の優先的利用権を行使することができなくなったから、同日をもって、本件ゴルフ会員権のゴルフ場施設の優先的利用権は、不可逆的、確定的に消滅したものである。

また、執行官が、同月三一日までの間、同月二日現在の会員名簿に登録されている本件ゴルフ会員権者等に対してのみゴルフプレーをさせることを限度として、真理谷に本件競売物件の使用を許していることから、真理谷カントリー倶楽部会員による同倶楽部のゴルフ場施設の優先的利用権は、同月三一日までの間、事実上存続していたと解するとしても、同日以降は、本件保全処分により、真理谷カントリー倶楽部会員は、法的にも本件ゴルフ場施設を利用することができなくなったのであるから、遅くとも同日の経過をもって、本件ゴルフ会員権のゴルフ場施設の優先的利用権は消滅したというべきである。

(三) したがって、本件ゴルフ会員権に基づくゴルフ場施設の優先的利用権は平成四年七月一三日又は遅くとも同月三一日の経過をもって、確定的、不可逆的に消滅したので、原告がジェイジービー三軒茶屋に対して本件ゴルフ会員権を譲渡した同年八月三一日の時点においては、既に本件ゴルフ会員権に基づくゴルフ場施設の優先的利用権は消滅していたことになる

そうすると、本件譲渡は、預託金返還請求権を譲渡したことにほかならず、金銭債務である右預託金返還請求権は、譲渡所得の基因となる資産の譲渡に該当しないので、本件譲渡により生じた損失は、譲渡所得の損失ではなく、事業所得又は雑所得の損失ということになるが、原告は、事業としてゴルフ会員権の売買を行っている業者ではないから、右損失は、原告の雑所得に係る損失に当たるというべきである。

(原告の主張)

1 被告の主位的主張に対する主張

(一) 時機に後れて提出された攻撃防御方法

行政行為の安定化及び国民の行政の一貫性に対する期待利益保護の面から、行政庁の判断行為には禁反言の法則が適用されるべきところ、被告において、原告が本件ゴルフ会員権を取得し、これをジェイジービー三軒茶屋に対して譲渡したことを、本件各処分、その後の異議申立て及び審査請求の手続において争うことはなかったのであるから、被告が本訴においてこれを争い、前記のとおりの主位的主張をすることは、禁反言の法理に反し許されない。

また、異議申立て及び審査請求の手続は、訴訟の前置手続であり、訴訟と同様の主張立証活動がされるべきところ、被告が、本訴において前記主位的主張を行い、従前争っていなかった点を争うことは、訴訟経済に反し、原告に不測の立証を課すことになるので、民事訴訟法一五七条一項を類推適用して、被告の主位的主張を敗訴すべきである。

(二) 本件ゴルフ会員権の帰属

T三九会員権及びT四〇会員権は、法人会員権であるために、前田商事の名義を借用しているが、これらはいずれも、原告がT三七会員権とともに買い付けたものである。

(三) 本件譲渡の合意の存在及びその有効性

ゴルフ会員権の急激な下落により被った損害について、税務上の制度で認められる手段によって、その損失の回復を図ろうとすることは、非難されるべきことではないところ、本件譲渡は、原告が、本件ゴルフ会員権を原告と縁故のない第三者に譲渡することが困難であったため、自らが代表者をしているジェイジービー三軒茶屋にこれを譲渡して含み損失を顕在化させたものであって、右の譲渡行為に責められるべきところはなく、右譲渡行為を否認する理由とはならない。

また、本件ゴルフ会員権は、譲渡担保に供せられていたが、原告及び譲渡担保権者は、真理谷に対し、譲渡担保設定又は会員権譲渡の通知をしておらず、名義変更の手続もしていなかったのであるから、会員権が譲渡担保権者に完全に移転したものではなく、二重譲渡であるとしても、原告が本件ゴルフ会員権を譲渡することの支障となるものではない。

(四) 本件譲渡の合意と損失の発生

預託金会員制ゴルフ会員権については、当事者間の合意のみによって、権利が相手方に移転するので、右合意の時に、譲渡所得の計算上損益通算されるべき譲渡による損失が発生すると解すべきである。

そして、本件ゴルフ会員権の譲渡については、原告とジェイジービー三軒茶屋との間で、有効に合意されたのであるから、原告に本件ゴルフ会員権譲渡による損失が発生したというべきである。

2 被告の予備的主張に対する主張

(一) 本件ゴルフ会員権の譲渡の時期

本件ゴルフ会員権は、平成四年六月一〇日に譲渡されたものである。

同年八月三一日付けの売買約定書が存在するが、これは、営業活動が少ないジェイジービー三軒茶屋が、帳簿処理において、会計期間内の取引として時期を明確に特定できる場合を除き、会計期間終期において一括処理する便宜上、作成したものにすぎない。

(二) 本件譲渡における本件ゴルフ会員権の資産性

仮に本件ゴルフ会員権が平成四年八月三一日に譲渡されたとしても、本件ゴルフ会員権は、次のとおり、右の資産性のある会員権として譲渡されたものとみなし得るものである。

(1) 平成四年八月三一日当時、競売手続の終了にかかわらず、競落人ミューズが真理谷カントリー倶楽部の会員を承継する話合いがされており、また、真理谷の経営するザ・カントリークラブレンモア及びカントリークラブグランマリアにおいて、本件ゴルフ会員権に基づきコース利用権を確保する動きがあり、その結果、現在ではグレンモアコースの利用が可能となって、施設利用権が確保されている。

したがって、平成四年八月三一日当時においても、本件ゴルフ会員権のゴルフ場施設優先利用権が失われる状況が確定していなかった。

(2) また、ゴルフ会員権の権利内容は、施設利用権を含む債権的権利であると同時に、会員としてのステータスや会員相互のクラブ活動等を含む権利であるから、施設利用権の直接の対象となる用地が失われたとしても、それのみでは、会員権が単なる金銭債権(預託金返還請求権)に変質することはない。

しかも、本件ゴルフ会員権については、経営母体である真理谷が消滅しない限り、その債権的要求について真理谷が他のゴルフ施設を提供するなどして対応してゆく可能性が存する。

したがって、ゴルフコースが競売されたことによって、直ちに本件ゴルフ会員権の資産性が失われるものではない。

五  争点

以上によれば、本件の争点は、次の各点である。

1  被告の主位的主張は、禁反言の法理又は民事訴訟法一五七条一項の類推適用により、許されないか。

(争点1)

2  本件ゴルフ会員権の譲渡によって原告に損失が発生したか否か。

具体的には、

(一) 本件ゴルフ会員権を所有していた主体は、原告であるか、前田商事であるか(争点2)

(二) 原告からジェイジービー三軒茶屋に対する本件ゴルフ会員権の譲渡(本件譲渡)の合意が存在したか否か。(争点3)

(三) 本件譲渡の合意は通謀偽表示によるものとして無効か否か。(争点4)

(四) 本件譲渡の合のみによって、本件ゴルフ会員権の譲渡による損失が生じたと解すべきか否か。(争点)

3  本件譲渡による損失が、雑所得となるか、総合長期譲渡所得となるか。

具体的には

(一) 本件譲渡の時期は、平成四年八月三一日か、同年六月一〇日か。(争点6)

(二) 本件ゴルフ会員権は、平成四年八月三一日の時点で、ゴルフ場施設優先的利用権の消滅により、単なる預託金返還請求権になっていたか否か。(争点7)

第三争点に対する判断

一  争点1について

原告は被告において、原告が本件ゴルフ会員権を取得し、これをジェイジービー三軒茶屋に対して譲渡したことを、本件各処分、その後の異議申立て及び審査請求の手続において争うことはなかったのであるから、被告が本訴においてこれを争い、前記の主位的主張をすることは、禁反言の法理に反し、又は民事訴訟法一五七条一項の類推適用により、許されないと主張する。

しかし、被告が、本件各処分についての異議申立て及び審査請求の審理においても、本件譲渡は何ら経済的実態を伴わず、これによる損失も経済的実態を伴わないものである旨を主張していたことは、証拠(甲二、同三)上明らかであるから、原告の右主張のうち、被告が、従前、本件ゴルフ会員権のジェイジービー三軒茶屋に対する譲渡を争うことはなかったことを前提とする部分は、失当である。

また、被告は、本件各処分についての異議申立ておよび審査請求の審理においては、本件ゴルフ会員権が原告に帰属したものであることは争っておらず(甲二、同三)、本訴において、初めて、これらは前田商事に帰属する権利であると主張して、原告の右主張を争うものであるが、課税処分取消訴訟の訴訟物は当該課税処分の違法性一般であり、審理の範囲は、当該課税処分によって確定された税額が総額において租税実体法により客観的に定まっている税額を上回るか否かを判断するのに必要な事項の全部に及ぶものであって、その数額の計算の根拠となる事実は攻撃防御の方法にすぎず、本件更正処分は所得税法一五五条二項に基づいて理由の附記が要求されている場合でもない。

そうであるとすれば、被告は、原告として、本件各所分が適法であることを基礎付ける一切の理由を主張することが許されるというべきであるところ、被告が、異議申立て及び審査請求の審理において、本件ゴルフ会員権の帰属に関する主張をしなかったとしても、そのことによって、本件各所分が適法であることを基礎付ける理由として右の主張をしないことを表明したものとは認められないから、被告が右主張を本件訴訟において主張することが禁反言の法理に反するものとは認められないし、右のような場合に、民事訴訟法一五七条一項を類推適用して訴訟前の異議申立て及び審査請求の審理に顕れなかった事実を時機に後れた攻撃防御方法として却下すべきものではない。

したがって、この点についての原告の前記主張は採用できない。

二  訴訟2について

1  本件ゴルフ会員権は、昭和六二年四月に、前記のとおりの名義で購入されているところ、証拠によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件ゴルフ会員権のうち、原告名義で購入されたT三七会員権は真理谷カントリー倶楽部の個人正会員であるが、前田商事角田寿恵富名義で購入されたT三九会員権及び前田商事笹田哲也名義で購入されたT四〇会員権は、いずれも真理谷カントリー倶楽部の法人正会員権である。

(乙二の一、同四の一、同六の一)

(二) 本件ゴルフ会員権の各購入代金一八〇〇万円は、いずれも前田商事振出の商業手形により支払われた。

(乙二の二、同四の二、同六の二、原告本人)

(三) 平成二年三月一二日、T三九会員権及びT四〇会員権に譲渡担保が設定され、持田商店及び池信から各一〇〇〇万円の借入れが行われ、同年七月一〇日、両社から各一三〇〇万円の追加借入れが行われているが、これらの借入れはいずれも前田商事の名義で同社の運転資金として借り入れられたものである。

そして、貸主の持田商店は、右の貸付先は前田商事であると認識していたものである。

(乙七の一、同七の三の一、二、同七の四の一、二)

(四) T三九会員権及びT四〇会員権の各預託金返還請求権については、前田商事が、平成七年一月三〇日、真理谷に対する会社更生事件において、東京地方裁判所に対し、前田商事を更正(乙二四)債権者とする更正債権届出を行っている。

(五) 他方、T三七会員権については、平成二年四月六日、原告名義で、日本信販との間で譲渡担保設定契約が締結されて、原告が二八八〇万円を借り受け、平成八年一〇月三日、原告と日本信販との間で、右譲渡担保権の実行としてT三七会員権が日本信販に帰属することを原告が同意する旨の和解が成立している(東京地方裁判所平成八年ワ第八三六六号)。

(乙八の一ないし四)。

(六) また、T三七会員権に係る預託金返還請求権について、原告は、平成七年一月二五日、東京地方裁判所に対し、自らを更正債権者とする更正債権の届出書を提出したが、平成九年七月一五日、右債権届出を取り下げ、同月二三日、真理谷に対し、T三七会員権を大木進に譲渡した旨を通知した。

(乙一九、同二二、同二三)

2  右認定事実によれば、本件ゴルフ会員権のうちのT三九会員権及びT四〇会員権は、前田商事振出の商業手形により代金が支払われただけではなく、名義上も前田商事が権利者とされ、実質的にも原告が権利者として振る舞うことはなかったものであるから、右二ロの会員権は前田商事に帰属する権利であると認めるのが相当である。

3  一方、T三七会員権については、前記のとおり、その購入代金は前田商事振出しの商業手形により支払われているものの、名義上原告が所有者とされ、対外的にも原告が所有者として契約等を行っていることに照らすと、右の支払手形の振出の事実だけでは、これが前田商事の権利に帰属するものであると認めることは困難である。

また、前田商事の平成二年九月一日から平成三年八月三一日までの事業年度に係る法人税の確定申告書に添付された決算報告書の貸借対照表勘定の「有価証券及び出資金」欄には、ゴルフ会員権として、真理谷カントリー倶楽部の会員権四〇八九万八八一九円が計上されているが(乙三三の一ないし三)、同欄の会員権にT三七会員権も含まれるのか明らかでないので、右決算報告書の記載をもって、T三七会員権を前田商事の所有であると認めることはできない。

4  以上によれば、T三九会員権及びT四〇会員権は、前田商事の所有する会員権であるから、仮にこれらについて譲渡が有効に成立し、損失が発生したとしても、前田商事の損失であるから、原告の損失として取り扱うことはできないというべきである。

三  争点3及び4について

そこで、T三七会員権について、原告からジェイジービー三軒茶屋に対する譲渡の合意が存在したか否か、存在したとすれば、それが通謀虚偽表示であるか否かについて検討する。

1  T三七会員権について、ジェイジービー三軒茶屋代表者の立場で原告が作成した平成四年八月三一日付けの売買契約書(乙二六)が存在する。また、原告は、本人尋問において、同年六月一〇日、T三七会員権を含む本件ゴルフ会員権をジェイジービー三軒茶屋に譲渡したが、会計処理の都合上、同年八月三一日付け取引とする右売買契約書等の書類を作成した旨供述し、原告作成の陳述書(甲六)にもこれに沿う記載がある。

2  しかし、証拠によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、平成二年四月六日、日本信販から二八八〇万円を借り受け、その担保として、T三七会員権を譲渡担保に供する旨の譲渡担保設定契約を締結したが、その際、T三七会員権の会員資格保証金預り証書の裏書欄に署名押印し、日本信販に対し、右預り証書を、ゴルフ会員権の譲渡に必要な一切の書類とともに差し入れた。

そして、右書類は、平成四年六月ないし八月当時も、日本信販に保管されていた。

(乙一の一、二、同八の一、三)

(二) 日本信販は、平成四年中にT三七会員権が原告から他に売却されたとは認識しておらず、仮に原告がこれを他に売却する場合には、残債務の弁済、あるいは他の担保物の提供が必要であると考えていた。

(乙八の一)

(三) ジェイジービー三軒茶屋は、平成四年八月三一日付けでT三七会員権を含む本件ゴルフ会員権に係る未払金を一五万円とする振替伝票を作成し、本件ゴルフ会員権について、同日付けで総勘定元帳の投資有価証券欄に借方一五万円として、計上した。

(乙二九、同三〇)

しかし、真理谷カントリー倶楽部の会則8条において、会員権の譲渡は、真理谷及び同倶楽部理事会の入会承認が得られた者に対してのみできると規定されていたにもかかわらず、ジェイジービー三軒茶屋に対する名義変更の手続が行われることはなかった。

(乙一の二、同一八)

3  右認定のとおり、平成四年六月ないし八月当時、T三七会員権の譲渡に必要な一切の書類については、日本信販がこれを目的とする譲渡担保のために保管していたので、原告がジェイジービー三軒茶屋に対し、これらの書類を引き渡すことは不可能であったところ、これらの書類の交付を伴わないゴルフ会員権の譲渡は取引の実情に照らせば異例であり、将来においても、原告は、残債務の弁済又は他の担保物の提供をしない限り、日本信販から譲渡に必要な書類の返還を受けてジェイジービー三軒茶屋にこれを引き渡せる見込もなかったものである。

さらに、前記二1(五)、(六)のとおり、T三七会員権につき、譲渡担保権の実行に関して日本信販と裁判上の和解をし、裁判所に対し更正債権の届出及びその取下げを行い、また、真理谷に対し譲渡通知をしたのは、いずれも原告であり、ジェイジービー三軒茶屋がT三七会員権の権利者として振る舞うことはなかったものである。

また、原告は、審査請求の心理において、平成九年一月一〇日、ジェイジービー三軒茶屋から、前記未払金すなわち本件ゴルフ会員権の譲渡代金の支払を受けたと主張するが(甲三)、T三七会員権については、前記のとおり、平成八年一〇月三日に日本信販と原告との間で譲渡担保権の実行を確認する旨の和解が成立し、ジェイジービー三軒茶屋がT三七会員権を取得する余地は完全に失われたにもかかわらず、同社が、このような事実を認識しながら、その後の平成九年一月一〇日に代金を支払ったとは考え難いことからして、原告の主張する代金決済の事実も認められないというべきである。

そして、ジェイジービー三軒茶屋の代表取締役を原告自身が務めていたことからすると、T三七会員権の譲渡は、売買約定書(乙二六)が作成されているけれども、これは経理処理上のものとして行われたにすぎず、譲渡の実体はないものと認めるのが相当であり、これに反する前記原告本人の供述及び陳述書の記載は採用できない。

4  したがって、原告とジェイジービー三軒茶屋との間で、T三七会員権の譲渡の合意があったとは認めることはできないし、仮に、右合意が存在したとしても、それは、原告とジェイジービー三軒茶屋間の通謀虚偽表示によるものと認めるのが相当である。

四  以上のとおり、T三九会員権及びT四〇会員権については原告に帰属する権利であるとは認められず、また、T三七会員権については原告からジェイジービー三軒茶屋に対する権利の移転があったものとして取り扱うのは相当でないから、原告に本件ゴルフ会員権の譲渡による損失が発生したことを認めることができない。

したがって、原告の平成四年分の総合長期譲渡所得及び雑所得の金額はいずれも零円となるので、これと前記争いのない金額とを基に、原告の同年分の納付すべき所得税額を算定すると前記第二の三1のとおり、本件更正処分に係る原告の納付すべき税額と同額となるから、本件更正処分は適法である。

また、原告は同年分所得税に係る納付すべき税額を過少に申告していたところ、右過少申告に通則法六五条四項に規定する正当な理由も認められないので、原告に対しては同条により過少申告加算税が賦課されるべきところ、その税額は前記第二の三2のとおり算定され、本件賦課決定処分にかかる税額と同額となるから、本件賦課決定処分は適法である。

五  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないので、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 阪本勝 裁判官 村松秀樹)

別表

本件更正処分等の経緯

<省略>

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